7月のレイジのイベントを一緒に主宰した澤村君のバンド、
STYLE PAINTSが本格的に活動を始めるって事で、ライブを観に行って来た。場所は新宿CLUB DOCTOR。
朝っぱらから夕方まできっちり仕事だったんで間に合うか危なかったんだけど、シャワーを浴びて急いで出掛けた。何とか出番の直前に到着。

初ライブという事もあって、かなり力が入ってる感じもしたけど良かったんじゃないかな。バックのメンツもみんな仲間だし、いい感じでやってたよ。ギターのジャガーと会ったのも久しぶり。相変わらずステージ映えするアフロ君だった。
この日の対バンは山形から来た先輩のバンド。俺や澤村君やバックメンバーのアツシ、イチロー(
JOHNNY MOSQUITE)を始め、山形県民率高かった。
このバンドを観た後、荻窪へ移動。
Kurosawa daisuke with bisを観にVelvetSunへ。ダイスケさんに誘われていたんでね、最近観に行けてなかったんで。


なんですかね、今日はそれ程爆音でもないのに迫力があった。音もスゴくまとまっていて、芯が太かった。同じメンツで長くやってる強みですかね。それはワンドラにも言える事なんだけども。
しっかしみんな上手い。ダイスケさんのギターはマジでヤバい。その辺のプロギタリスト並べてもブッちぎりだよ。スゲえエロい音だよなあ。
ライブの後、ダイスケさんに濃いめのマイヤーズ・コークをご馳走になりつつ談笑。次のライブ等、ちょっとした企画を画策する。
その後、またもや新宿へ向かう。
山形の大先輩方が集結しておられるのでね、顔出さない訳にはいかない。
久しぶりの方々と飲みながら昔話に花が咲く。その中で、山形の先輩のバンドでベースを弾いていた方に声を掛けられた。
『君、リョウジ君だよね?』
「はい、リョウジです」
『小学校の頃、どこに住んでた?』
『花楯(地名)ですけど』
「へぇ〜、そうなんだ」
「リョウジ君って、豊田リョウジだよね?」
『うん、そうですけど?』
「俺、カツイチだよ」
!!
酔っぱらっていたのにも関わらず、一気に脳内が30年前にタイムスリップした。
そう、彼は俺の小学校低学年時代の友達、カツイチ君だった。
『まじで?!なんで!?なんでベース弾いてんの?』
不思議な時間。過去と現在がねじれながら結びついたような感覚。
カツイチ君は俺の2つ上。同じ町内で町内のソフトボールチームに所属していた。当時地元では小学生は野球では無くソフトボールをやっていて、一緒の町内チームで汗を流した友達だった。
カツイチ君が中学へ上がったのと同じ年に俺は別の小学校へ。人数が膨れ上がった小学校が2つに分割されたのだ。その後俺は引っ越して中学からまた別の学校へ。そのまま音信不通になった。
彼はその後高校を卒業し、東京の大学へと進学したらしい。それを追うように俺は地元で音楽活動を始め、21歳で上京した。同じ頃大学を卒業したカツイチ君が地元へ帰って来たという、絵に描いたようなすれ違い方だった。その後地元で音楽活動を始めたらしい。
なんと言う因果か。
恥ずかしながら地元では有名だったので「リョウジ」という名前だけは他から聞かされて知っていたそうだが、まさか一緒にボールを追いかけた「豊田リョウジ」だとは思いもしなかったみたいだ。バンドメンバーの先輩達が話に出す「豊田」も、まさか俺の事だとは思わなかったんだろう。
俺と年が近い人達や年下の連中は俺を「リョウジ」「リョウジさん」と呼ぶ。
俺よりもかなり上の先輩方は「豊田」と呼ぶ。
それぞれ俺の話をする時に、ある人はリョウジと、ある人は豊田と呼ぶので、それが同一人物だと知る機会が無かった。
この夜、カツイチ君の中で晴れて「豊田」と「リョウジ」が一人の人間になった訳だ。
そりゃめでたい。
ちなみにそのバンドのドラマーは割と年下で、俺が地元でやっていたバンドJAM FREAKSのライブを中学生の時に観て衝撃を受けたらしい。
「山形でJAM FREAKSを知らないなんてモグリっすよ!」
なんて、恐縮です。嬉しいです。
いろんな話が出るわ出るわ、さすが地元民。俺の仲間の話やあれもこれも知ってる。田舎は狭いなあ、悪い事は出来ねえなあ(笑)。
更に更に、カツイチ君が今別でやってるバンドのボーカルが、市村さんという地元で伝説のパンクロッカーだと言う事。これにはめちゃくちゃ驚いた。
だって俺は中学1年の時に市村さんのライブを観て衝撃を受けて音楽を始めたんだ。
あの人のようになりたい、あの人のようにカッコよく歌いたい、それがきっかけだったんだもの。自分の世界を確立するまでは、ずっと市村さんを追いかけていた。数年後、市村さんに誘われてギタリストとして一緒にバンドを組む事になった時はどれだけ喜んだ事か。市村さんが俺の噂を聞きつけて、自分のバンドに誘ってくれたという事が俺の中でどれだけ重大な出来事だったか。
俺の最初のロックヒーローだったんだ、彼は。
やれやれ、灯台下暗しとはこの事か。こんなに興奮したのは久々の事だ。
打ち上げは既に山形県人会の如し。2次会に残った15人中、12人が山形出身。容赦なく山形弁が飛び交う。俺にも解らない言葉すらある。
あんたがた、新宿ですよ、ここは。山形駅前の炉端焼き屋さんじゃないですよ。
それぞれみんなバラバラになったけど、大人になってまたこうやって繋がるってステキな事だ。そう感じるのは歳取ったせいなのかな?まあそれも悪くないや。
お陰で呑み過ぎた。朝イチで仕事の用事があったので、お先に失礼した。きっとみんな朝まで飲んだんだろうな。時計を観ると既に午前3時半。長くて濃密な一日だった。
この縁がまた大きく繋がって行きますように。

カツイチ君と俺。

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